

1996年1月、スタンフォード大学の博士課程に在籍するラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンによる研究プロジェクトとしてGoogleの歴史は始まった[27]。

当時の検索エンジンは、検索されたキーワードがそのウェブページに登場する回数によって各ページをランクづけし、検索結果として表示していた。ペイジとブリンは、ウェブサイト同士の関係を分析することで検索結果をランクづけする、改良された検索エンジンの理論を提唱した[28]。ペイジとブリンが理論化した新しい検索エンジンは、検索におけるウェブサイトの適合性を判断するにあたって、そのサイトへのリンクを貼っているウェブページの数と、それらのウェブページの重要度(品質)の2つを評価するものだった。2人はこの新技術を「PageRank(ページランク)」と名づけた[29][30]。
ペイジとブリンによる新しい検索エンジンは、ウェブサイトの重要度を被リンク(バックリンク)の数をチェックすることで評価したため、当初2人はこの検索エンジンを「BackRub(バックラブ、背中へのマッサージの意)」とのニックネームで呼んでいた[31][32][33]。(このエピソードにちなんだ社名の会社も存在する。[34])最終的に、この検索エンジンは「Google」と名付けられたが、これは「googol(グーゴル)」という数の単位の綴り間違いに由来していた[35][36]。1グーゴルは1の後に0が100個連なった値であり、莫大な情報量を提供する検索エンジンであると示すための命名であった[37]。当初のGoogleのドメインは google.stanford.edu[38] および z.stanford.edu[39] であり、スタンフォード大学のウェブサイト下で運営されていた[40][41]。
1997年9月15日、Googleのためのドメイン名 google.com が登録された[42]。1998年9月4日、Googleは法人格を取得した。会社組織としてのGoogleの拠点は、カリフォルニア州メンローパークの、ペイジらの友人スーザン・ウォシッキーが所有するガレージに置かれた[27]。スタンフォード大学の博士課程で2人の同輩だったクレイグ・シルバースタイン(英語版)がGoogleの最初の従業員として雇われた[27][43][44]。
法人としての設立以前の1998年8月、Googleはサン・マイクロシステムズの共同創業者アンディ・ベクトルシャイムから10万ドルの出資を受けた[45]。1998年には、別の3人のエンジェル投資家(Amazon.com創業者ジェフ・ベゾス、スタンフォード大学計算機科学教授デビッド・チェリトン、起業家ラム・シュリラムの3人)もGoogleへの出資を行った[46]。1998年末から1999年初めにかけ、Googleはいくつかの少額の出資を受けた[46]。1999年3月、Googleは本社をカリフォルニア州パロアルトに移転した[47]。パロアルトには他にもいくつかの著名なシリコンバレーのスタートアップ企業が本拠を置いていた[48]。1999年6月7日、Googleが新たに2,500万ドルの資金調達に成功したことが発表された[49]。主な出資者には、ベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズとセコイア・キャピタルが含まれていた[45]。
1999年の初め、ブリンとペイジはGoogleをExciteに売り渡すことを希望していた。2人はExciteの最高経営責任者(CEO)ジョージ・ベルを訪問し、Googleを100万ドルで買収するオファーを持ちかけたが、ベルはこのオファーを拒絶した。 Exciteのベンチャーキャピタリストの1人ビノッド・コースラは、Googleを75万ドルで売り渡すようペイジらを説得することに成功したが、それでもベルはGoogle買収を却下した[50]。
当初、ペイジとブリンは「広告収入に頼る検索エンジン」に反対する姿勢を示していたが、2000年にGoogleは検索されたキーワードと関係のある広告を表示するサービスを開始した[27][51]。整然としたページデザインを維持するため、表示されるのはテキストベースの広告のみとされた[52]。
検索キーワードに応じた広告を表示し、広告収入を得るというビジネスモデルを最初に開拓したのは、ビル・T・グロス(英語版)が設立したGoTo.comだった[53][54]。GoTo.comの後身であるOverture Services社は、同社が保有するペイ・パー・クリック技術ならびに各キーワードごとに広告をオークション形式で販売する技法について、Googleが特許を侵害しているとして訴訟を起こした。その後、Overture Services社はYahoo! によって買収され、「Yahoo! Search Marketing(英語版)」と改称された。2004年8月9日、両社は和解に至り、Yahoo!がGoogleに問題の特許を無期限でライセンスする見返りとして、GoogleはYahoo!に対して270万株のクラスA普通株を発行することに合意した[55]。
2001年、GoogleのPageRank技術についての特許申請が受理された[56]。PageRankについての特許は公式にスタンフォード大学に帰属するものとされ、ローレンス・ペイジ (ラリー・ペイジの本名)が発明者として記載された。会社の規模が成長し、従来の2つの拠点では不十分となったことで、Googleは2003年、カリフォルニア州マウンテンビューアンフィシアター・パークウェイ1600番に位置するシリコングラフィックス所有のオフィスビルをリースした[57]。このオフィスビルは「Googleplex(グーグルプレックス)」と呼ばれるようになったが、この名称はグーゴルプレックス(googolplex)という数の単位(1グーゴルプレックスは1の後に0が1グーゴル個連なった値)の言葉遊びだった。2006年、Googleはこの物件を3億1,900万ドルでシリコングラフィックス社から買い取った[58]。
「Google」という言葉が日常的な語として浸透したことを受け、2006年に『メリアム=ウェブスター大学辞典』ならびに『オックスフォード英語辞典』は「Google」という動詞を収録した[59][60]。大衆文化における動詞「Google」の最初の使用例は、TVドラマシリーズ『バフィー ~恋する十字架~』 の2002年のエピソード内で見られた[61]。

2004年8月19日、Googleの株式公開(IPO)が行われた。IPOの直前、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、エリック・シュミットの3人は、2004年から2024年までの20年間、Googleでともに働くことに合意していた[62]。
GoogleのIPOでは、1,960万5,052株が1株あたりの価格85ドルで売り出された[63][64]。GoogleのIPOは、引受会社であるモルガン・スタンレーとクレディ・スイスが用意したシステムのもと、オンラインのオークション方式で実施された[65][66]。IPOによりGoogleは約16億7,000万ドルの資金を調達し、その株式時価総額は230億ドル以上となった[67]。Googleのライバル企業であるYahoo!もまた、このIPOにより大きな利益を得た。Yahoo!はIPO以前にGoogleの株式を840万株保有していた[68]。
他方、IPOがGoogleの企業文化の変質につながるのではという懸念が存在した。懸念の根拠として、IPOによって従業員の福利厚生の削減を求める株主からのプレッシャーが生じること、多くの会社幹部がIPOと同時に(保有する株式上の)億万長者となることなど、種々の要因が指摘された[69]。こうした懸念への返答として、ブリンとペイジは潜在的な投資家に向けた報告書の中で、IPOがGoogleの企業文化を変えることはないと保証した[70]。
2005年の『ニューヨーク・タイムズ』の記事[71] ならびに他の媒体においては、Googleが、自社利益の優先に反対する「邪悪になるな(Don't be evil.)」との企業理念を失っていることが示唆された[72][73][74]。ユニークな社内文化を維持するための努力として、 Googleは「チーフ・カルチャー・オフィサー」という役職を設けた。チーフ・カルチャー・オフィサーは人事部長を兼任し、その役割は企業文化の開発・維持すること、そしてGoogleの核となる価値観(協力的な環境を持つフラットな組織であること)に忠実であるための方法を編み出すこととされた[75]。2005年と2007年には、Googleが性差別・年齢差別を行ったとの申し立てが元従業員によってなされた[76][77]。
2005年、『ワシントン・ポスト』は、Googleの2005年度第3四半期の利益が対前年比で700%増加したことについて報道し、その主な要因として、大企業の広告戦略が新聞や雑誌、TVからインターネットにシフトしていることを指摘した[78]。
2006年以来、Googleは毎年9月27日を同社の創立記念日としている[79]。創立記念日には検索ページトップに専用の「Google Doodle」が表示されるのが通例となっている[80]。過去には9月27日以外の日付がGoogle創立記念日として扱われたケースもあり[81]、2006年以降9月27日が創立記念日と定められている理由はいまだに明らかになっていないが、2005年にライバルの検索エンジン「Yahoo! Search」との間で行われた論争がその由来として示唆されている[82][83]。
IPO後、Googleの株価は順調に上昇し、2007年10月31日には株価が初めて350ドルに達した[84]。株価上昇の主な背景は、インターネット広告市場における好調な売上高・利益だった[85]。Google株の高騰は大手機関投資家やミューチュアル・ファンドではなく、主として個人投資家によって支えられたものだった[85]。NASDAQでGoogleに与えられたティッカーシンボルは”GOOGL”および”GOOG”であった(フランクフルト証券取引所でのティッカーシンボルは”GGQ1”)。当初は1つのティッカーシンボル”GOOG”のもとで扱われていたGoogleの株式は、2014年にクラスC株式(無議決権株)である”GOOG”と、クラスA株式である”GOOGL”へと分割されていた[86]。2015年の第4四半期以来、”GOOGL”および”GOOG”のティッカーシンボルはGoogleの持株会社「Alphabet」を指している[87]。
2008年1月、1日にGoogleのソフトウェアコンポーネント「MapReduce」を通過する全データ量は合計で20PBだった[88][89][90]。2009年、CNNは「2009年にもっとも検索された政治的キーワード」についての記事の中で、人々が1日にGoogleで検索する回数は「10億回以上」であると述べた[91]。

2011年5月、Googleの月間ユニークユーザー数が初めて10億人を越えた。2010年5月時点の数値(9億3,100万人)からは8.4%増加していた[92]。2012年、Googleの年間収益が初めて500億ドルに達した(2011年の年間収益は380億ドルだった)。
2013年1月、当時のCEOラリー・ペイジは「我々は2012年を好調な四半期で終えることができた。収益は対前年比で36%増加した。前期比では8%の増加だ。さらに、2012年には初めて収益が500億ドルに達した。創業から15年しか経っていない企業としては、悪くない成果だ」[93] と述べた。
2013年、Googleを含む複数のシリコンバレー企業に対する集団訴訟(クラスアクション)が起こされ、Googleらは「ノー・コールド・コール協定」(お互いの従業員を電話勧誘で引き抜かないとする協定)によってハイテク人材の採用を制限していると申し立てられた[94]。
2013年9月19日、Googleは新会社「Calico」の設立を発表した。CalicoのCEOには、Appleの会長アーサー・レビンソンが就任した。公式声明の中でペイジは、「健康と幸福」がテーマの企業であるCalicoは、「老化とそれに関連する疾患についての研究」に注力していくと説明した[95]。また、人工肉を培養するインポッシブル・フーズに投資した。

2013年10月、Googleが参加する、公的・民間の組織による連合体「Alliance for Affordable Internet(英語版)(A4AI)の発足が発表された。ティム・バーナーズ=リーが主導するA4AIは、インターネット環境を安価に手に入るものにすることで、31%に過ぎない開発途上国におけるインターネット普及率を向上させることを目的としており、Google以外にもFacebook、インテル、マイクロソフトなどの企業が参加した。 A4AIにおけるGoogleの役割は、国際連合ブロードバンド委員会が設定した、各国の平均月収の5%以下というコストでのブロードバンドインターネット接続を実現するため、インターネット接続のコストダウンに貢献する事とされた[96]。
2013年10月中旬の報道によれば、Googleの2013年第3四半期における連結収益は、前期比で12%増加して148億9,000万ドルとなった[97]。連結収益のうち、108億ドルはGoogleのインターネット事業による収益であり、ユーザーの広告クリック数にも増加が見られた[98]。2014年1月時点で、Googleの時価総額は3,970億ドルとなっていた[99]。

2015年8月10日、Googleは多様化した自社の事業を「Alphabet」と呼ばれるコングロマリットとして再編する計画を発表した。この再編により、Googleは新たに設立されるAlphabetの傘下となり、Alphabetの中心的子会社としてインターネット事業を継続することとなった。再編の完了にともない、GoogleのCEO職はラリー・ペイジからスンダー・ピチャイに引き継がれ、ペイジはAlphabetのCEOに就任した[100][101][102]。
インターブランドが発表した年間ベスト・グローバル・ブランド報告書によれば、 2013年・2014年・2015年・2016年度におけるGoogleのブランド価値はアップルに次いで世界第2位であり、2016年のGoogleブランドの評価額は約1,330億ドルとされた[103][104][105][106]。
2016年10月の時点で、Googleは世界40か国以上で70のオフィスを運営していた[107]。ウェブサイトの通信量(トラフィック)を調査しているアレクサ・インターネットは、2016年11月時点において、Google.comは世界でもっとも訪問者の多いウェブサイトであり[108]、YouTubeやBloggerといったGoogleの関連サービスももっとも訪問者の多い100のウェブサイトに含まれるとしている[109][110]。
2017年9月1日、Googleが株式会社(Google Inc.)からLLC(Google LLC)に変更されること、そしてAlphabetの子会社として新たな持株会社「XXVI Holdings Inc.」が設立され、Google LLCを含むAlphabet傘下各社の株式を保有することが発表された[111]。
CEOはサンダー・ピチャイ[114]。2015年に5万7,100人のフルタイム従業員を持ち[115]、「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」を使命[116] と考えている。
独自のプログラムが、世界中のウェブサイトを巡回して情報を集め、検索用の索引を作り続けている。Wiredによれば、2008年までに100万台のサーバーを持っていた形跡がある[117]。2015年3月の報告によれば、自社ウェブサイト上の広告を通じた収益が全収益の69%以上を占め、3か月で119億ドル以上に上った[118]。
日本では、Yahoo! JAPANに次いでシェア2位であったが、Yahoo! JAPANはYahoo Search Technologyの開発終了に伴いGoogleの検索エンジンへ移行したため、移行が完了すればGoogleの検索結果が日本国内の98%を占めることになる[119]。
2023年12月、Googleは、OpenAIのChatGPTで使用される「GPT」と似たようなAIモデルである新しいLLM「ジェミナイ」を公開した。ジェミナイは、画像認識、音声対応、コーディング能力を備えたマルチモーダルAIで、GPT-4よりも優れた性能を持つとされている。このAIは、数学の問題解決やデータ分析にも使用できる。ジェミナイは「ウルトラ」、「プロ」、「ナノ」という3つのモデルでリリースされる予定で、一般的に使用される「ジェミナイプロ」は、Googleのチャットボットサービス「バード」に統合される。[120]
「googol(グーゴル)」という言葉の綴り間違いに由来する。1997年にラリー・ペイジたちが新しい検索エンジンの名前を考えてドメイン名として登録した際、googol.comをgoogle.comと綴り間違えたのがその起源と言われる[121]。
"googol"という言葉は、アメリカ合衆国の数学者、エドワード・カスナーの甥のミルトン・シロッタによって作られたもので、1グーゴルは10100(1のあとに0が100個続く数・10の100乗と読む)である。
検索をはじめとした多くのウェブサービスや、ダウンロードして使えるローカルアプリケーションを提供している。
スマートフォン「Pixel」を始めとして、イヤホンやスマートウォッチなどのコンシュマー向け製品を販売している。

本社社屋は「Googleplex」の愛称で親しまれている。この言葉は、googolplex(グーゴルプレックス)の言葉遊びであり、Googleとcomplexとのかばん語でもある。
社内移動用の電動キックボードやセグウェイ、料理人が各国の料理を提供する無料食堂、フィットネスジムやサウナを完備したキャンパス、定期的に開催されるローラーホッケーのイベントなど充実した福利厚生サービス、猫以外のペットを持ち込み可能なオフィスやおもちゃなど遊び道具を持ち込める仕事部屋、ラバライトやゴムボールがあちらこちらに置かれた独特な企業文化で知られる[122]。また、NASDAQ市場に公開するに先立ち、無料ランチを継続して提供することを宣言した。自由な企業文化と肯定的にとらえる見方がある一方、シリコンバレー企業としての自由奔放さを過剰に演出したものだという批判もある[123]。
また3Mの15%ルールのように、勤務時間の20%を自分の気に入ったプロジェクトに割くよう義務づける「20 percent time」という規則があり、そこからOrkutやGmailなどの実験的サービスが生まれている。
社内で多くのオープンソース・ソフトウェアを使っているため、これの開発エンジニアを雇うなど、オープンソースの支援を積極的に行っている。
2005年には、「Google Summer of Code」というオープンソースの開発に資金を提供するプロジェクトを始めた。指定したプロジェクトに参加する学生に開発費用を提供するというもので、一定期間の補助を受けて開発を行う。また、これを受けて日本でも「夏休みコード道場」というプロジェクトが、フリーソフトウェアイニシアティブ(FSIJ)の主催の元、日本法人の協力で開始された。現在は、ウィキペディアに対しても資金提供をするなど、オープンな文化に対する積極的な支援を行う企業としても名前をあげつつある。また、2005年9月28日にはNASAと提携し、大規模コンピューティングの活用や、データマイニング、ナノ、生物工学での協力などを行うことを発表している。
地元マウンテンビューでは無料のネットワークが張り巡らされていた。2007年、サンフランシスコでも無線インターネット接続が発表された。
検索結果への表示は、一般的にはその国の法律に従って行われるが、アメリカの企業であるため、アメリカ国内の法律によって違法と判断されたサイトは全世界で検索結果に表示されない。たとえば、デジタルミレニアム著作権法(DMCA)に抵触すると判断されたサイトは、日本人向けのコンテンツであっても、日本国内からも米国国外を経由しても検索できない。
ただし検索結果に表示されなくなるだけで、ウェブサイトそのものが削除されるわけではないため、サイトのURLやリンク、ブックマークなどから直接閲覧することは可能である。何らかの理由でウェブサイトがGoogle検索結果から除外されることを称して、日本語では村八分になぞらえて「グーグル八分」というネットスラングが生まれた。
グーグル合同会社(英: Google Japan G.K.)は、Googleの日本法人である。2001年8月に、アメリカ国外で初めての現地法人として設立された[124]。
設立時はグーグル株式会社であった。設立当時、日本法人の取締役の中にラリー・ペイジ(Google共同創業者、のちにGoogle米国本社のCEOも務めた)やセルゲイ・ブリン(同じく共同創業者)が含まれており、2004年に2人が来日した際には、秋葉原の電気街にも立ち寄っていた[124]。また、Google公式ブログでもしばしば日本法人が開発に関わる重要な報告をしている。
なお現在、オフィスは渋谷区渋谷の渋谷ストリームに渋谷オフィス(本社所在地)、港区六本木の六本木ヒルズ森タワーに六本木オフィスが置かれている[125]。2010年夏以前は渋谷区桜丘町のセルリアンタワーに置かれていた。このため、Googleの東京オフィスは2019年度後期に一部が渋谷に戻ったこととなる(渋谷から六本木への移転は2010年夏に行われた)。
渋谷ストリーム(2020年9月)
2023年2月、日本法人では初の労働組合「グーグルジャパンユニオン」が結成された[127]。
2007年1月21日、初めてテレビ局の長期取材に応えた『グーグル革命の衝撃 〜あなたの人生を“検索”が変える〜』がNHKスペシャルで放送された[129]。
2007年9月10日、日経スペシャル カンブリア宮殿(テレビ東京)『"検索"で世界を変えろ』が放送され、グーグル米本社副社長兼日本法人社長の村上憲郎が出演[130]。
2009年より、年末から年始にかけてテレビCMで広告展開がされている。また12月30日から1月7日ごろまでの間は各テレビ局の特別番組などでスポンサーにもなっている。
2011年10月以後、フジテレビ『すぽると! サタデースペシャル』では筆頭スポンサーとなり、1分間のコマーシャルを提供するようになった。2022年10月からは同月から復活した日本テレビ系『アナザースカイ』を単独提供するようになり、番組名も『Google Pixel presents ANOTHER SKY』として放送されている。
●グーグル・テクノロジー・ジャパン株式会社(Google LLCの日本における代表者)
住所 東京都渋谷区渋谷三丁目21番3号渋谷ストリーム
法人番号 0104-01-089235
設立 平成22年2月23日
資本金 1000円
代表者 ケネス・イ
2017年(平成29年)8月25日、日本のインターネットで大規模な接続障害が発生した。同日昼頃、NTTコミュニケーションズは同社が運営するOCNが断続的に接続できなくなっていると発表した。障害は昼0時22分ごろ発生し、0時45分ごろに復旧した。KDDIのネット接続サービスでも同様に、昼0時24分ごろ発生し、0時47分ごろに復旧したとしている(KDDIは夕方まで混乱したという情報がある)。他にもさくらインターネットで同様の障害が発生した。大手のネット接続サービスが使えなくなったことで、証券会社(楽天証券、SBI証券、GMOクリック証券)や銀行(りそな、新生、ジャパンネット、じぶん銀行)、ネットゲーム(LINE、任天堂、ガンホー、ミクシィ)、ECサイト(メルカリ)、交通サイト(JR東日本)が0時半ごろから3時や5時ごろまでサービスを停止した。
接続障害の原因は、米Google社が送信した大量の誤った経路情報だった。8月25日午後0時22分、米Google(AS15169)が10万件以上の誤りを含む経路情報を米ベライゾン(AS701)に送信した。誤った経路情報とは、遠回りになるにもかかわらずGoogleが最短経路だとするものだった。この経路変動を処理しようとした複数プロバイダーのルーターがダウンしたり高負荷で通信をさばき切れなくなった。Googleでの誤情報は8分間ほどで修正されたものの、国内の一部のトラフィックやルーターの負荷が極度に高まったために、これらのネットワークを利用する企業での影響はこれより長く続くこととなった[205]。
2017年3月、Google傘下の動画共有サイトYouTubeにおいて、一部の広告がテロや反ユダヤ主義を煽る動画とともに掲載されていると英紙タイムズが報道した。これをきっかけに批判が起こり、イギリス政府や英紙ガーディアンがYouTubeから広告を取り下げ、フランスのHavas(広告・マーケティング代理店、世界6位)は、GoogleのディスプレイネットワークとYouTubeから同社のイギリスの顧客の広告を撤退、 セインズベリーズ、トヨタ自動車、フォルクスワーゲン、 グラクソ・スミスクライン、BBC、Guardian、通信大手AT&T、VerizonとGoogleの広告ボイコットは拡大した。タイムズによると、250を超える企業・組織がイギリス向けYouTubeへの広告を停止した[206][207][208]。
同年3月20日、広告ポリシー(広告を掲載する場所に対する企業の発言力強化に向けた変更)のを見直しを行う旨の公式コメントを発表したが、これは広告主の相次ぐ撤退表明により、ピボタル・リサーチ・グループが親会社Alphabetの投資判断を引き下げたことによる[207]。
Googleが開発するウェブブラウザのChromeと、Mozillaが開発するFirefoxは、ブラウザのシェアに関して競合状態であるものの、2004年から2014年までMozillaはGoogleと検索パートナーシップ契約を交わしており、Firefoxのデフォルト検索エンジンとしてGoogle検索が利用されてきたという歴史があった[209]。しかし、Mozillaの元幹部であるJohnathan Nightingaleによると、Googleは長年にわたってFirefoxユーザーにだけ表示されるバグを故意に作り、シェアを奪い合うFirefoxを妨害してきたことを明らかにした[209]。さらにNightingaleは、当時のGoogleと検索パートナーシップ契約を結んでいる間柄であるにもかかわらず「Chromeの広告がFirefoxの検索結果の横に表示されるようになり、Firefox上でGmailやGoogleドキュメントのパフォーマンスに問題が出たり、バグが発生したりするようになった[209]。Googleサービスのデモサイトでは、『Firefoxには互換性がない』という誤った表示がされるようになった」と主張する。そのたびにGoogleは「故意ではない」「おっと、何か間違いがあったようだ。次の2週間で修正するよ」といった回答があったが、Googleはあまりにも間違いを繰り返すために、Googleが故意に契約更新中の取引先であったFirefoxを妨害していたとNightingaleは言う[209]。
またGoogleは、Apple製のウェブブラウザ「Safari」に組み込まれた、トラッキングcookieをブロックする機能を回避したとして起訴された。この事件でGoogleは連邦取引委員会へ、2012年は2,250万ドル[210]、2013年には1,700万ドルの制裁金を支払った[211]。イギリスでは同種の起訴が無効化されることを求めて裁判を起こしたが請求棄却された[212]。
Androidの開発の中心人物、アンディ・ルービンは、2012年から女子社員と不倫関係にあり、2013年に別れ話を切り出された時にオーラルセックスを強要、その後、女子社員が法廷に訴え出たため騒ぎに発展、ラリー・ページCEO(当時)に辞任させられた[213]。退職金に100億円を支払ったことで、2018年11月、世界各地で一斉ストライキに発展した[214]。
ピチャイCEOによると、過去2年間に48人がセクシャルハラスメントで会社を退職させられており、うち13人は経営陣だった。2019年4月、2018年11月に発生した世界各地での一斉ストライキを組織したGoogle従業員有志が、ストに対してGoogleから報復を受けているとメーリングリストへ投稿した[215]。
2019年、米ブルームバーグ・ビジネスウィークのインタビューで、かつてGoogleの20人目の従業員であったマリッサ・メイヤーは、Googleを語るうえでハードワークの価値が無視されがちであると述べた[216]。彼女によると、Googleは「週130時間働けるか?」という世界であり、寝る時間とシャワーの時間、トイレに行く回数をコントロールすれば可能だという。また彼女は、Googleにナップルームがある理由として、午前3時に家に歩いて帰るよりも会社にいるほうが安全という理由を挙げ、自身も休暇中を除いては1週間に1度は徹夜をしていたことを明かした。