ベルリンの名称の元は明らかでないが、おそらくは西スラヴ人が今日のベルリン一帯に住み着いたことにより、古いポラーブ語で湿地を意味するberl-/birl-とつながる説がある[4]。ドイツ語で熊を意味するBär に由来するとの説もある[5]。これは今日のベルリンの紋章にも表現されている[5]。漢字では伯林という表記があてられる[6]。

ベルリンはドイツ東部に位置し、ポーランドとの国境から西側に60 km離れた場所に位置する。ベルリン周辺部は主に森林が広がり平坦な地形で低地の湿地帯である。広大な北ヨーロッパ平野の一部でこの平野はフランス北部からロシア西部まで延びている。ベルリン-ワルシャワ間はUrstromtalと呼ばれる原流谷で、北の低バルニム台地から南のテルトウ台地までは氷床から流れ出た融水によりヴァイクセル氷河期(最終氷期)の終わりに形成された。シュプレー川はこの谷を現在流れている。
シュパンダウはベルリンでもっとも西にある区であるが、シュプレー川はそこでハーフェル川と合流する。ハーフェル川は北から南に向かってベルリン西部を流れている。ハーフェル川の流路には湖が点在し、最大の湖はテーゲル湖と大ヴァンゼー (湖)である。これらの湖からはシュプレー川上流に水が流れ、ベルリン東部のミュッゲル湖を通っている[30]。
現代のベルリンはシュプレー川流域の両側に都市が大きく広がっている。ライニッケンドルフ区とパンコウ区の両区の大部分はバルニム台地に位置し、シャルロッテンブルク=ヴィルマースドルフ区、シュテーグリッツ=ツェーレンドルフ区、テンペルホーフ=シェーネベルク区、ノイケルン区のほとんどはテルトウ台地に位置している。
シュパンダウの一部はベルリン原流谷とナウエン平野に位置し、これはベルリン西部に延びている。ベルリンの最高地点は市の郊外ではトイフェルスベルクとミュッゲルベルゲ、中心部ではクロイツベルクである。クロイツベルクは海抜66 m、トイフェルスベルクとミュッゲルベルゲは海抜115 mある。なおトイフェルスベルクは第二次世界大戦の瓦礫により人工的に築かれた丘である。

ベルリンの気候はケッペンの気候区分によれば西岸海洋性気候(Cfb)に属している。夏は温暖でしばしば湿気があり、平均最高気温は23~26℃、平均最低気温は13~15℃である。冬は比較的寒冷で平均最高気温は4~5℃で平均最低気温は-1~0℃であり、時に-10℃を下回ることもある。春や秋はひんやりするか穏やかである。ベルリンは市街地の建物により微気候(ヒートアイランド)が起こり気温は1~4℃ほど周辺地域より高くなる[31]。
年間降水量は559.7mmで年間を通じて平均的である。12月から3月にかけての冬季にはそれ程多くはない降雪も見られるが雪が長い期間残ることはない。2009/2010年のシーズンは12月後半から3月上旬までずっと雪が残っていた例外的な期間であった[32]。
北緯52度に位置するにもかかわらず、北大西洋海流の影響により、冬季の気温が高い。低緯度である北緯35度から北緯40度に位置する飛騨地方や長野県、東北地方内陸部よりも冬季の日平均気温と平均最低気温が高く、降雪量も少ない。
| ベルリン(1991~2020)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 15.5 (59.9) |
18.7 (65.7) |
24.8 (76.6) |
31.3 (88.3) |
35.5 (95.9) |
38.5 (101.3) |
38.1 (100.6) |
38.0 (100.4) |
34.2 (93.6) |
28.1 (82.6) |
20.5 (68.9) |
16.0 (60.8) |
38.5 (101.3) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 3.8 (38.8) |
5.3 (41.5) |
9.4 (48.9) |
15.5 (59.9) |
20.1 (68.2) |
23.4 (74.1) |
25.7 (78.3) |
25.2 (77.4) |
20.2 (68.4) |
14.2 (57.6) |
8.1 (46.6) |
4.7 (40.5) |
14.6 (58.3) |
| 日平均気温 °C (°F) | 1.2 (34.2) |
2.1 (35.8) |
5.2 (41.4) |
10.3 (50.5) |
14.7 (58.5) |
18.0 (64.4) |
20.2 (68.4) |
19.7 (67.5) |
15.2 (59.4) |
10.2 (50.4) |
5.4 (41.7) |
2.3 (36.1) |
10.4 (50.7) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −1.4 (29.5) |
−0.9 (30.4) |
1.4 (34.5) |
5.2 (41.4) |
9.4 (48.9) |
12.7 (54.9) |
15.1 (59.2) |
14.8 (58.6) |
10.7 (51.3) |
6.6 (43.9) |
2.7 (36.9) |
−0.1 (31.8) |
6.4 (43.5) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −23.1 (−9.6) |
−26.0 (−14.8) |
−16.5 (2.3) |
−8.1 (17.4) |
−4.0 (24.8) |
1.5 (34.7) |
6.1 (43) |
3.5 (38.3) |
−1.5 (29.3) |
−9.6 (14.7) |
−16.0 (3.2) |
−20.5 (−4.9) |
−26 (−14.8) |
| 雨量 mm (inch) | 47.0 (1.85) |
34.4 (1.354) |
39.9 (1.571) |
29.0 (1.142) |
50.7 (1.996) |
57.7 (2.272) |
70.4 (2.772) |
57.3 (2.256) |
45.5 (1.791) |
42.6 (1.677) |
41.4 (1.63) |
43.8 (1.724) |
559.7 (22.035) |
| [要出典] | |||||||||||||


ベルリンと言う名称が歴史的文書で最も古く遡れるのが1244年である[33]。1448年にはブランデンブルク辺境伯がブランデンブルクからベルリンに宮殿を移した。
1618年から1648年にかけての三十年戦争ではベルリンは人口の半分を失った[34]。1709年にプロイセン王国の首府となった[35]。
1871年にプロイセン国王ヴィルヘルム1世が皇帝となってドイツ帝国が成立し、ベルリンはその首都となった。ビスマルクの外交手腕とオーストリア・ハンガリー帝国の凋落により、ベルリンはヨーロッパにおける国際政治の中軸となる。人口は飛躍的に増え、30年戦争勃発時には1万人程度であったのが19世紀初頭に17万となり、1860年には50万、1877年の統計では100万を数えた[35]。1873年(明治6年)には日本の岩倉使節団がベルリンを訪問しており、その当時のベルリンの様子が一部銅版画も交えて『米欧回覧実記』に詳しく記されている[36]。1882年(明治15年)には日本の憲法を起草するための調査に伊藤博文等がやってきている。また、1884年(明治17年)には森鷗外が留学し、留学中の経験をもとに小説『舞姫』(1890年(明治23年)『国民之友』)を著している。

第一次世界大戦でドイツ帝国は崩壊し、戦後はヴァイマル共和国の首都となった。ベルリンはなおもヨーロッパの芸術・学問の中心として栄えたが、その一方で1921年の時点で市内の子供約48万人のうち約12万人が栄養失調、約29000人が結核に苦しむという落差も見られた[37]。またベルリンは政治的に「赤いベルリン」の異名を持つ社会主義・共産主義の牙城であり、1928年の選挙では票が社会民主党が33%、ドイツ共産党が25%であるのに対してナチスは2%であり[38]、ヒトラー政権成立直前の1932年11月の選挙では共産党がベルリンで投票総数の31%を獲得して単独第一党となった[39]。1933年にナチスが政権を奪取し、ベルリンはそのゆがめられた政策によって文化が衰退する。
1939年時点で人口434万人の大都市となっていたが[35]、第二次世界大戦ではドイツとイギリスとの間で首都爆撃の応酬があった上[40]、ソビエト連邦の逆侵攻で独ソ戦最後の戦場となり、徹底的に破壊され(ベルリン市街戦)約125,000人の市民が犠牲となった[41]。ヒトラー政権下のベルリンには、日独関係強化のために派遣された日本の外交官や軍人のほか、商社員、留学生など、常時400人以上の日本人が在留し、欧州で一番日本人の多い都市のひとつだった[42][43]。
1990年10月3日には東西ドイツが統一し、1991年にはベルリンが東西統一ドイツの首都と定められた。以降、東西に分断されていた道路網や地下鉄も含む鉄道網などの交通網を東西で直結する工事が行われ、インフラ整備や再開発が旧東ベルリン地区を中心に進行した。また、再度首都と定められて以降、ボンからの連邦政府諸機関の移転も漸次進められた。首都機能移転は2001年5月2日に完了し、現在では再度、名実ともにドイツの首都となった[13]。ベルリンの壁が撤去され市内中心部には広大な空き地が出現した。その一つであるポツダム広場は再開発され、巨大なビジネス・商業エリアになっている[47]。


ベルリンはドイツ連邦共和国の首都である。2006年にはベルリンが首都であることが憲法に明記された[48]。ベルリンには元首の連邦大統領、政府の長である連邦首相、および連邦の議会両院が置かれている。公式の大統領官邸はベルヴュー宮殿である[49]。首相官邸は連邦首相府である。首相府と向かい合うのが、改修された帝国議会議事堂であり、ドイツ連邦議会はここで開催されている。1998年以来、ドイツ連邦共和国の政府はベルリンにある。連邦参議院の議員はドイツの各連邦州の代表者で構成されており、かつてのプロイセン王国貴族院からの流れを組む。ほとんどの中央官庁はベルリンに本庁を置いているが、若干はベルリン・ボン法(英語版)により現在でも旧西ドイツの首都であったボンに置かれているし、また支庁をボンに置く官庁もある[50]。なお、最高裁判所に相当する連邦憲法裁判所と連邦裁判所はベルリンには所在せず、ドイツ南西部の都市カールスルーエにある。
1990年10月3日のドイツ再統一以来、ベルリンはハンブルクやブレーメンとともに3つある都市州として、全部で16ある連邦州のひとつとなっている。なお、ベルリン都市州と、隣接するブランデンブルク州との合併が話題に上がることがあり、1995年4月27日には双方の州首相同士が合併に合意[51]し、合併案は両州の議会を通過したが、翌1996年5月5日の住民投票でブランデンブルク州側の反対が多く否決された[52]。

ベルリン州の議会はベルリン市議会(Abgeordnetenhaus)であり、147議席で構成されている(2023年1月現在)。議員の任期は5年[53]。ベルリンは都市州であるため、議会は市議会と州議会の権限を併せ持つ[53]。
ベルリン市長(Regierender Bürgermeister、直訳的には「統治者である市長」)は、議会議員選挙のたびに議会によって選出され、ドイツ連邦議会が任命する[53]。
ベルリン市長は州政府(ベルリン市参事会、Senat von Berlin)を率いる[53]。州政府は、市長のほか8人の閣僚(Senat、直訳的には「元老」)によって構成される[53]。閣僚はそれぞれ州政府の「省」を率いる[53]。閣僚のうち2人は副市長(Bürgermeister、直訳的には「市長」)を務める[53]。市長および州政府の執務は赤の市庁舎で行われる。
2023年ベルリン市議会選挙(2021年選挙の再選挙)の結果、ドイツキリスト教民主同盟(CDU)が議会第1党の座を奪還し、それまで議会与党だったドイツ社会民主党 (SPD) と連立を組み、22年ぶりに市長の座を奪還した。各党の「得票率/獲得議席数(無効となった前回2021年選挙からの増減)/議席占有率」は以下の通りである。
過去、2001~2011年にはSPDと左翼党が連立していた。その後の2011~2016年は、SPDとCDUによる連立政権であった。この時期、ドイツ海賊党がベルリン市議会の議席を有しており、同党としてはこれが州議会レベルで初の議席獲得であった[54]。
ベルリン州の年間予算規模は2007年度で205億ユーロでこれには8000万ユーロの余剰金も含まれる。この数値はベルリンの政治史の中で初めての黒字を示している[55]。歳入の増加によるもので、ベルリン参事会では2008年に増加する予算の余剰金を計算している。ベルリン州の予算額の合計には約55億ユーロのドイツ政府か連邦州の財源が含まれている[56]。一方で再統一に関連しベルリンは他のドイツの州よりも多くの負債があり、2007年12月現在の負債は600億ユーロに上る[57]。
ベルリン州は12の行政区(Bezirk)で構成されている。2001年まで23区が設置されていたが、現在は行政改革によりそれぞの区の権限が強化され、行政区の再編が行われた。各行政区には複数の地区(Ortsteil )が含まれる。その歴史は1920年10月に設定された大ベルリン以前の旧自治体に由来する。大ベルリンに合併され都市化されたが、多くの市民は自分の居住する地区や行政区に強い一体感を持っている。現在のベルリンには96の地区があり、それらは通常、いくつかの街区を形成しベルリンの方言で Kiez(キーツ)と呼ばれ小規模な住宅地を指している。
それぞの行政区には、選挙で地区から選ばれた議員からなる区議会(Bezirksamt)を有し[53]、区長(Bezirksbürgermeister)と5人の参事委員(Bezirksstadträte)からなる執行機関がある[53]。各行政区は自治体としては独立していないが、基本的な行政サービスの提供を担い[53]、ベルリン州政府(ベルリン参事会)の補助的な役割を果たす。12の区長は「区長会議」を設置し(議長は市長が務める)、州政府に助言を行う[53]。
Ortsteile には行政的な権限や義務は無く、以前の地区の代表者であった Ortsvorsteher は区長に引き継がれている。

ベルリン州は、12の区(Bezirk)に区分される。

2021年のベルリンの都市GDPは2180億ユーロであり、欧州連合界第5位である[58]。
この町はかつて製造業や金融の中心地として繁栄していたが、冷戦期における東西ベルリン分断によって、東西ベルリンはそれぞれ東ドイツと西ドイツの経済に組み入れられることとなる。東ベルリンは、東ドイツの商業、工業、金融、輸送の中心となり、シュプレー川の重要な内港としての機能を擁し、運河によってバルト海とも結ばれた。一方、第二次世界大戦で破壊された西ベルリンの経済は、ソ連が1948年から1949年に実行したベルリン封鎖によって再び打撃を被った。しかし1950年代に入ってからは、アメリカによるマーシャル・プランの経済援助のおかげでベルリンは復興を始める。高速道路や鉄道、運河、空路で西ドイツと結ばれた。1989年のベルリンの壁崩壊によって、東西ベルリンは再び一つの町となる。経済統合は公式には1990年7月に開始し、特に東ベルリンの経済はかつての国有企業が民営化されるなど大きな変動を経験することとなった。
ベルリンの経済に占める第三次産業の割合は83%である。失業率は2018年現在7.9%でドイツ平均の5.0%に比べると高い数値であるが、ここ25年間では最低である[59]、環境改善事業、輸送工学、医用工学がある。サイエンス・ビジネスパークがアードラースホーフ(ドイツ語版)地区にあり、世界では15番目に大きなテクノロジーパークである。研究開発部門はベルリンの都市経済において重要で、欧州連合の中ではベルリン=ブランデンブルク地域はトップ3の革新的な地域にランクされている[60]。
シーメンスはフォーチュン・グローバル500やDAXにリストされている企業でミュンヘン以外にベルリンにも本社機能を置いている。株式会社化された国営のドイツ鉄道もベルリンに本社を置いている[61]。多くのドイツ企業や国際的な企業がベルリンにビジネスやサービスの中心を置いている。ベルリンには20の大きな雇用主となる大企業があり、代表的なものにはドイツ鉄道 (DB)、医療サービスのシャリテー、ベルリン市内の公共交通を担うベルリン市交通局(ドイツ語版) (BVG)、様々なサービスを提供するドゥスマン(ドイツ語版)やピーペンブロック・サービス(ドイツ語版)、ダイムラー、BMWのオートバイ製造部門であるBMW Motorradがある。バイエル・シエーリング・ファーマ(英語版)やベルリン化学(ドイツ語版)など主要な製薬会社もベルリンに本社を置いている。

| 順位 | 企業 | 本社 | 従業員数 ベルリン市内 | 従業員数 合計 |
|---|---|---|---|---|
| 1. | ドイツ鉄道(DB) | ベルリン | 18,543 | 276,310 |
| 2. | シーメンス | ベルリン/ミュンヘン | 13,066 | 405,000 |
| 3. | ベルリン市交通局(BVG) | ベルリン | 10,597 | 10,597 |
| 4. | ヴィヴァンテス | ベルリン | 10,104 | 10,104 |
| 5. | シャリテ | ベルリン | 9,887 | 9,887 |
| 6. | ドイツテレコム | ボン | 7,500 | 247,000 |
| 7. | ドイツポスト・DHL(ドイツ語版) | ボン | 6,500 | 470,000 |
| 8. | ベルリン州立銀行(ドイツ語版) | ベルリン | 6,430 | 6,430 |
| 9. | カイザース・テンゲルマン(ドイツ語版) | ミュールハイム・アン・デア・ルール | 6,226 | 18,350 |
| 10. | ダイムラー | シュトゥットガルト | 6,000 | 260,100 |
音楽やエンターテイメントと言った創造産業はベルリンの経済にとり重要でかなり大きな部分を占めている。音楽や映画、広告、建築、ファッション、舞台芸術、研究開発、ソフトウェア産業[64] 、テレビ、ラジオ、テレビゲームなどは創造産業に含まれる。22,600の企業が創造産業に関わり、これらは中小企業が占めており合計186億ユーロの収益がある。ベルリンの創造産業は2005年のベルリンの市域内総生産の20%に寄与している[65]。
ヨーロッパ映画賞 は、ヨーロッパ映画に与えられる映画賞である。1988年に設立された。ヨーロピアン・フィルム・アカデミーにより優秀なヨーロッパ映画・ヨーロッパを拠点とする俳優が表彰される。




ベルリンの交通インフラは非常に複雑で多様であり、都市内を移動しやすくしている[66]。英国拠点のメディア「タイムアウト」の調査によれば、公共交通機関への地元住民らの満足度において、ベルリンが97%のランキング1位であった(2位は96%のプラハ、3位が94%の東京)。ベルリンは、交通網が広がった地下鉄で移動が簡単、近郊鉄道や路線バスを含め、快適、安全、定時運行が称賛の的となっている[67]。
ベルリン市内には979の橋と197 kmの市街地の水路網があり、5,334 km (3,314 mi)の道路網が市内に張り巡らされている。アウトバーンは73 km (45 mi) をカバーしている。2006年には141万6000台の自動車がベルリンでは登録されている[68]。自動車の普及率は2008年には1,000人当たり358台で、ドイツ平均の1,000人当り570台に比べると低く、欧州の他の大都市に比べると低い普及率である[69]。
鉄道の長距離路線はベルリンからドイツ国内の主要都市や他の欧州の近隣国に路線を広げている。地域輸送では近隣のブランデンブルク州やバルト海方面へ路線が広がっている。ベルリン中央駅は2006年に開業し欧州では最大の立体交差型の鉄道駅である[70]。ドイツ鉄道 (DB) によってハンブルクやミュンヘン、ケルンなど主要都市とは高速列車ICEやインターシティで結ばれている。また、東西急行やベルリン-ワルシャワエクスプレスなどの国際列車(EC)によりモスクワやパリ、ワルシャワ、ウィーン、アムステルダムとも結ばれる。スイス方面へもICEや夜行のÖBB Nightjetで結ばれている。ベルリン市交通局(BVG) とドイツ鉄道が複数の高密度都市交通システムを管理している[71]。
| 交通機関 | 駅/ 路線/ 路線距離 | 年間旅客数 | 運営者/ 備考 |
|---|---|---|---|
| S-Bahn | 166 / 15 / 331 km (206 mi) | 3億7600万人 | DB/ ベルリン市内や周辺部を結ぶ近郊路線。これ以外にREの路線がある。 |
| U-Bahn | 173 / 10 / 147 km (91 mi) | 4億5700万人 | ベルリン市交通局/ベルリンの地下鉄路線。週末は24時間運行。 |
| トラム | 398 / 22 / 192 km (119 mi) | 1億7100万人 | BVG/ 主な運行路線はベルリン東部地区。 |
| バス | 2627 / 147 / 1,626 km (1,010 mi) | 4億700万人 | BVG/ ベルリン市内全ての地区で運行。46の夜間路線がある。 |
| フェリー | 6系統 | BVG/ 市内すべての公共交通機関は運輸連合が組まれているため、同種のチケットで利用が可能。[72] |
ベルリンには良く整備された自転車専用レーンのシステムがある[73]。ベルリンの自転車の普及状況は1000人当たり710台で、2009年には1日当り50万人の人たちが自転車を利用し全交通に占める割合は13%に達する[74]。自転車利用者は620 km (390 mi)の自転車道を利用することができ、150 km (93 mi) は義務的な自転車道、190 km (120 mi)はオフロードの自転車道、70 km (43 mi)はバスレーンと共用で自転車にも開放された道路、100 km (62 mi)は歩道と共用、50 km (31 mi)は歩道にマークされた自転車道である[75]。

ベルリンのエネルギーインフラの供給者は主にスウェーデンのバッテンフォールが担っており、発電源には他の発電事業に比べて褐炭に大きく依存している。褐炭に依存することは有害な物質を発生させることになるため、バッテンフォールではクリーンな再生可能エネルギーへの転換を表明している[76]。以前の西ベルリンの電力は火力発電所により供給されていた。1980年代にピーク時に緩和するために蓄電池がいくつかの発電所に導入されている。静止インバーターが送電網と接続され電力の使用が少ない時間帯には蓄えられ、電力の使用が多い時には開放される。1951年以来、周辺地域と接続が断たれていた送電網は1993年に接続され元の状態に戻されている。西ベルリン地区の全ての送電は地下化され、380 kVと110 kVの高圧線だけがロイター変電所から市街地のアウトバーンに敷かれ、その区間は地上を通っている。ベルリンの380 kV高圧線は西ベルリンの送電線として造られ、東ベルリンや西ドイツとは接続されていなかった。自動車製造大手のダイムラーと 電力会社のRWE AGは共同でベルリンにおいて"E-Mobility Berlin"と呼ばれる電気自動車と充電スタンドのテストプロジェクトを始める[77]。

| 国別の海外出身者の人口[81] | |
| 出身国 | 人口 (2022) |
|---|---|
| 100,740 | |
| 56,945 | |
| 49,791 | |
| 39,471 | |
| 31,771 | |
| 30,933 | |
| 26,596 | |
| 24,543 | |
| 23,959 | |
| 22,395 | |
| 21,253 | |
| 20,544 | |
| 17,480 | |
| 15,473 | |
| 14,953 | |
| 14,025 | |
| 13,739 | |
| 13,325 | |
| 13,084 | |
| 12,680 | |
| 11,058 | |
| 9,384 | |
| 9,092 | |
| 8,394 | |
| 7,574 | |
| 6,960 | |
| 6,911 | |
| 6,317 | |
| 6,202 | |
| 5,975 | |
| 5,405 | |
| 5,357 | |
| 5,302 | |
| 5,258 | |
| 5,057 | |
| 不明 | 10,325 |
2019年12月31日現在のベルリン市の登録人口は3,669,491人[2]を数え、市域面積は891.82 km2 (344.33 sq mi)[72]で、人口密度は4,114人/km2であった。2010年3月現在、ベルリンの市域を超えて広がる市街地の都市的地域の人口は370万人、ベルリン=ブランデンブルク地域の大都市圏は5,370 km2 (2,070 sq mi)の範囲で広がり人口は430万人である。2004年現在、ユーロスタットが統計的に定めている大都市圏域(Larger Urban Zones (LUZ))では17,385 km2 (6,712 sq mi)の範囲に490万人が居住している[8]。
国内外からベルリンへの移住には長い歴史がある。1685年にフランスでナントの勅令が取り消されるとポツダムの勅令(英語版)でそれに応え、10年間フランスのユグノー難民に宗教的な自由と免税特権を保証した。1920年に大ベルリン法によって多くの郊外部やベルリン周辺の都市が統合された。これは現代のベルリンの市域のほとんどを構成するものである。大ベルリン法によってベルリン市の面積は66 km2 (25 sq mi)から883 km2 (341 sq mi) に拡大し、人口は190万人から400万人へ増大した。1960年代から1970年代の西ベルリンの積極的な移住、保護の政治は移民の波となった。現在、ベルリンにはトルコ系の人たち (en) は250,000人(クロイツベルク地区、ノイケルン地区、ミッテ区のヴェディング地区など)が居住しており[82]、トルコ国外では最大のトルコ人コミュニティを形成している。1990年代、移民法(ドイツ)(ドイツ語版)によってソビエト連邦の居住者だった民族的ドイツ人たちがドイツに移住出来るようになった。彼らによって今日、最大のロシア語コミュニティが形成されている[83]。
ここ10年来、西ヨーロッパ諸国の人々も増加している。とくに欧州連合域内の若者がベルリンに移民としてやって来ている。2000年代後半からの南欧経済の悪化でギリシャなどからの移民も増加している。[84]それに加え、この20年来、ベルリンではアフリカ系の人たちも増加している[85]。2010年12月現在、人口の13.5%に当たる457,806人は外国籍の人たちである。190ヵ国に由来する[86]。外国人はトルコが104,556人、ポーランドが40,988人、セルビアが19,230人、イタリアが15,842人、ロシアが15,332人、フランスが13,262人、ベトナムが13,199人、アメリカが12,733人、ボスニア・ヘルツェゴビナが10,198人、イギリスが10,191人、クロアチアが10,104人、イスラエルが10,000人である[87][86]。おおよそ人口の12.2%に当たる394,000人の市民は外国からの移民由来でドイツに帰化したか、ドイツで出生して市民権を得ている[88]。全人口の25-30%は外国由来である[89]。
2010年現在、人口の27%にあたる約90万人は移民を背景としてベルリンに居住している。しかしながら、マイノリティーの分布には大きな違いがある。事実、旧西ベルリンのヴェディング地区やノイケルン地区、ゲズントブルネン地区では移民を背景とするドイツ人や外国籍の人たちで人口の70%を占めるが、旧東ベルリンでは、はるかに低い割合である。移民のコミュニティは非常に多様であるが、中東(トルコやアラブ他)や東ヨーロッパ、少数の東アジアやサハラ以南のアフリカ系、他のヨーロッパ系の人々が、移民の中で大きなグループを形成している[90][91]。約7万人のアフリカ系ドイツ人(英語版)がベルリンに居住している[92]。さらに25を超える固有でないコミュニティと国籍の1万人近くの人たちが暮らし、その中にはトルコ、ポーランド、ロシア、レバノン、パレスティナ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ベトナム、アメリカ、ルーマニア、中国、オーストリア、ガーナ、ウクライナ、フランス、イギリス、イスラエル、タイ、イラン、エジプト、シリアなど多くの国が含まれる[93]。
2015年以降、シリア内戦の激化とアフガニスタン情勢の混乱によりシリアとアフガニスタンから多数の難民がベルリンに辿り着き、2022年からはロシアのウクライナ侵攻の影響で多くののウクライナ人難民がベルリンに在住している。
| 移民を背景としないドイツ人 | 71% (2,450,000) | |
| 移民背景を持つ ドイツ人 (ドイツ国籍を持たない人も含む) |
計 | 29% (1,000,000) |
| ムスリム/中東由来 (トルコ, アラブ連盟, イラン etc.) | 9% (300,000) | |
| ドイツ以外のヨーロッパ由来 (ロシア, ポーランド, イギリス, ギリシャ, セルビア, スペイン, フランス 他) |
11% (380,000) | |
| その他 (東アジア, アフリカ系ドイツ人, アメリカ, イスラエル, サハラ以南のアフリカ, ラテンアメリカ 他) |
9% (300,000) | |
子供やティーンエイジャーの移民を素地とする人口の割合は50%である[95]。ノイケルンでは80%近くに達する[96]。 これに加えて10万人から25万人の不法移民がいる[97]。
ルーマニアやブルガリアが欧州連合に加盟するとロマの人々の流入が起こっている。地元の社会福祉事務所は彼らや他の移民をドイツ語や職業訓練によって溶け込ませようとしている[98]。ベルリンで広く話されている外国語にはトルコ語、ロシア語、アラビア語、ポーランド語、クルド語、ベトナム語、英語、セルビア語、クロアチア語、ギリシャ語、他にアジアの諸言語である。大きな中東やユーゴスラビアであった地域からの移民によるコミュニティがあることからトルコ語やアラビア語、セルビア語、クロアチア語はベルリンの西側でよく聞くことが出来る。これに対して、ベトナム語やロシア語、ポーランド語の母語話者はベルリン東部により多く居住している[99]。
ベルリンでは878の学校の13,727のクラスに340,658人の子供たちが学び、56,787人が職業教育を受けている。ベルリンには6年間の初等教育課程があり、初等教育を完了した生徒は中等教育課程でゼクンダールシューレ(ドイツ語版)を経て職業訓練を目指すか、ギムナジウムを経て大学を目指すか選択する。ベルリンには特別な二言語教育課程の学校であるオイローパシューレ(ドイツ語版)がある。通う学校で子供たちはドイツでも外国語で小学校から始まり高校まで教育を受ける。ベルリンのほぼすべての行政区で9つのヨーロッパの主要な言語を選択出来る学校が29校ある。フランス・ギムナジウム・ベルリンは1689年にユグノーの難民の子供たちの教育のために設立されドイツ語とフランス語の教育が提供された[108]。 ジョン・F・ケネディ学校(英語版)はバイリンガルのドイツ人、アメリカ人の公立学校でツェーレンドルフ地区にあり。

ベルリンには多くの文化施設があり、その多くは国際的な評価を受けている[22][110]。多様性や活発さは「ツァイトガイスト・メトロポリス」Zeitgeist Metropolis(時代潮流の中心地)として大都市の中で流行を創り出すイメージに結び付いている[111]。ベルリンにはオーケストラやオペラハウスが世界で類を見ない規模で集積している。またベルリンには非常に多彩なアートシーンがあり、280の美術館がある (2019)。
多くの若者や国際的なアーティストがベルリンの街には居住し、ベルリンは若者や大衆文化の欧州での中心地として確立している[112]。2005年、ベルリンはユネスコのユネスコ創造都市ネットワークに「デザイン」部門で参加している[21][113]。

ベルリンには50を超える数多くの劇場がある。[60]ミッテ地区にあるドイツ座(英語版)は1849-1850年にかけ建てられ、それ以来1944-1945年の第二次世界大戦末期の中断を除いて運営が続いている。
フォルクスビューネ(英語版)はローザ・ルクセンブルク広場の近くに1913-14年に建てられたが、設立は1890年である。ベルリーナー・アンサンブル(英語版)はベルトルト・ブレヒトの作品を上演することで知られ、1949年にドイツ座からそう離れていない場所に設立された。
シャウビューネ(英語版)は1962年に設立されクロイツベルクにあったが、1981年にクアフュルステンダムの旧ウニヴェルズム映画館の建物に移転した。ベルリンでは20世紀の初め以来、政治的な風刺やユーモアに満ちたカバレットも盛んである。

ベルリン動物園はベルリンにある動物園では最古の動物園で、1844年に開園した。現在では世界でももっとも幅広い種類を集めている[129]。ベルリン動物園は人工哺育で育った2006年12月に生まれたクヌートが有名であったが[130][131]、2011年に死亡している。ベルリン市内にはベルリン動物園のほかに、旧東ベルリンのリヒテンベルク地区で1955年に設立されたベルリン動物公園(Tierpark Berlin)がある。
ベルリン植物園にはベルリン植物博物館が含まれる。面積は43ヘクタール (110エーカー)あり22,000の異なった多様な種類の植物がある。他には1985年の連邦園芸博覧会の会場となったブリッツ庭園や、「世界中の庭園」をモットーにつくられたマルツァーン保養公園 (ドイツ語版)がある[132]。ティーアガルテンはベルリン最大の公園でミッテに位置し、ペーター・ヨセフ・レンネにより整備された[133]。クロイツベルクにあるヴィクトリア公園はベルリン市街の南部に素敵な眺望を与えている。トレプトウ公園(英語版)はシュプレー川河畔のアルト=トレプトウ地区にあり、1945年のベルリンの戦いで戦死したソ連兵を讃えるため整備された。フリードリヒスハイン地区にあるフォルクスパーク(市民公園)(英語版)は1848年に開園し、市内では最も古い公園である。
ベルリンはシュプレー川沿いに多くのビーチやバーがあることで知られ、それと一緒にカウンターのないカフェやレストラン、緑地のスペースがありレクリエーションやレジャーの時間を作るのに大きな役割を果たしている[134]。
ベルリンにはゲイカルチャーの長い歴史があり、ポピュラーエンターテイメントや一部の作家により1920年代、「ヨーロッパのゲイの首都」と表現されていた[138]。今日、ベルリンには多くのゲイクラブやフェスティバルがありイースターに開催されるフェティッシュウイークイースター・イン・ベルリン(英語版)、ベルリンプライド(英語版)などは中央ヨーロッパ最大のゲイやレズビアンなどの同性愛者の行事になっている。
ベルリン州は以下の都市と姉妹都市協定を締結している[150]。またベルリン各区も、これらとは別に姉妹都市協定を結んでいる。
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